診療627日目、歯医者のキーンという音はなぜ怖い?
2024年11月22日
こんにちは、椎名町駅えがお歯科です。
歯医者のキーンという音はなぜ怖い?
歯痛とクラシック音楽の関係など「音」と歯や口の関係について医師が解説
歯医者は痛い、怖いというイメージがつきものですが、キーンという甲高い機械音が
苦手という人も少なくないでしょう。しかし、待合室や診療室でリラックスした雰囲気の
BGMが流れていると心が落ち着くのではないでしょうか。
今回はさまざまな観点から、音楽と歯や口の関係性について論じます。
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子どもは歯医者の音が苦手
2004年に新潟大学小児口腔科学分野のグループが報告した研究では、
定期検診で受診した4~15歳の小児男女104名(平均年齢8歳5か月)を対象に、
音と恐怖心の関連について調査しました。
その結果、低年齢群(4~6歳)と高年齢群(9~15歳)ともに
雷雨の音と歯の切削音に対して不快感を感じましたが、特に低年齢群では歯の切削音を
自然界の不快な音と同様に「音」自体の恐怖として捉えたのに対し、
高年齢群では切削音は歯科受診に関係する怖い音として捉えたことが示唆されました。
つまり、子どもにとってキーンという歯医者の音は治療経験に関係なく恐怖心を煽る音ですが、
年齢を重ねて処置の意味を理解できるようになれば、治療行為に対する恐怖は強くならないことが推察されました。
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一方、2019年に実施されたネットでのアンケート調査では、発達障害の子どもを持つ保護者806名を対象に、子どもが歯医者を苦手とする理由について回答を求めました。
その結果、音を苦手とする子どもが57%を占め、理由全体の中でも音が上位に位置しました(図1)。
発達障害の子どもの特徴の一つとして「鋭敏な感覚」があるため、音に対しては特に敏感に反応しやすく、歯科治療を妨げる大きな要因になります。
ですから、歯科医院の音対策は子どもの診療をする上で非常に大切だと言えるでしょう。
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待合室や診療室におけるBGMの効果
歯科医院で鳴り響く独特なキーンという音は虫歯を削るエアタービンや歯石とりをする
超音波(エアー)スケーラーといった機械から発せられ、ゴーという低くて大きな音は
唾液などを吸う吸引器(バキューム)などから生じます。
このような普段聞き慣れない不快な音に満ちた状況は、特に歯医者に馴染みのない子どもなどには苦痛を感じやすいでしょう。
そこで、来院された人たちの不安な気持ちや緊張感の緩和に役立つのがBGMで、
多彩な効果が報告されています。
気持ちをリラックスさせる
音楽は空間全体の雰囲気を良くして緊張感や恐怖心を和らげる効果があり、
精神的負担の軽減を図ることができます。
緊張が強いと患者さんは口をつぐんで開けない傾向になりますが、リラックスすると
口を開けるようになります。その結果、治療がしやすくなり、効率的にスムーズな処置ができるというメリットもあります。
慣れれば、歯の切削音もBGMに
最初は聞き慣れない不快な音でも繰り返し来院して慣れてくると、
次第にBGMに溶け込んで不快感は和らぐ傾向にあります。
ですから例えば、親が虫歯治療を受ける時は子どもも一緒に来院して歯科医院の雰囲気に
慣れさせる、という習慣を持てば、子ども自身が虫歯治療を受けるようになっても拒否反応は少なくなります。
すっかり慣れた子どもなら「キーンという音が歯医者さんらしくて好き」とまで
音楽を聴くと麻酔の恐怖心が和らぐ?
2016年に北海道大学のグループが報告した研究では、歯科治療時に麻酔をする際、
音楽があるか否かで緊張度合いがどのように違うかを調査しました。
この研究では22名(平均年齢26.5歳)の男女(男性10名、女性12名)に対して麻酔し、
心臓の拍動を調べて緊張の度合いを示す自律神経の交感神経の状態を解析しました。
その結果、交感神経機能(LF/HF)は局所麻酔をする前に座った姿勢でいた時、
統計学的に有意に高くなりました(図2)。
示しました(図2)。
つまり、麻酔前は座るよりも仰向けで寝た姿勢のほうがリラックスでき、
音楽があればより心が鎮まることが明らかになったのです。
音楽の効果を活用する「音楽療法」とは?
音楽を聴きながら眠ってしまったり楽しい気分になったりと、音楽による効果は日常的に経験していると思います。
ヒーリングミュージックやクラシック音楽、流行りのポップスなど、聴く人の感性や
精神状態、体調等によって影響の受け方は多彩に変化しますが、音楽の作用はいくつかに分類されます。
- 心理的作用:感情や記憶を誘発したり、高揚や鎮静させたりする
- 生理的作用:脈拍、呼吸、血圧など、体に直接的な影響を及ぼす
- 社会的作用:一緒に歌ったり演奏したりすることで協調性や一体感を生み出し、他の人との関わりを持つことができる
これらの音楽が持つ力を治療に応用したのが「音楽療法」で、日本音楽療法学会では
「音楽の持つ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、
生活の質の向上、行動変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」
と定義し、音楽療法士の育成を推進しています。
日本における音楽療法は、心の病がある人や認知症高齢者、知的障害・発達障害が
ある子どもなどに活用・実践されており、今後のさらなる普及に期待したいですね。
モーツァルトは歯痛に効く曲を作った?
18世紀に現在のオーストラリア等で活躍した作曲家モーツァルトが、「歯」に関する
曲を作っていたのをご存じでしょうか。
その名も、『砕け凍った歯が』(いくつか和訳あり)。砕け凍るとはいかにも痛そうな
表現ですが、実は晩年の彼は激しい歯痛に悩まされていたそうです。
クラシックの彼の曲は、医療や福祉などの分野で癒し効果のある曲として音楽療法でも
活用されたりしていますが、もしかすると彼は自分自身の苦痛を和らげて癒すために、
あの曲を作曲したのかもしれません。
また、19世紀に活躍したドイツの作曲家シューマンは『歯の痛み』と訳される曲を作曲しました。
このように歯痛がクラシック音楽という芸術のモチーフに用いられたのは興味深く思います。
芸術の秋。これらの歯の曲を聴きながら、歯に対する健康意識を高めてみるのもいいかもしれませんね。