診療806日目、ヒトの歯並びは食生活だけのせいではない、複雑な背景とは
2025年9月5日
ヒトの歯並びは食生活だけのせいではない、複雑な背景とは
進化や遺伝、現代の暮らしはどう関わっているのか
古代の頭蓋骨の研究では、古代人は顎が広く、不正咬合が今より少なかったことがわかっています。食事や生活習慣が人間の顔の形にどのような影響を与えたかについての研究が進めているそうです。(PHOTOGRAPH BY ALAN/ADOBE STOCK)
何百万もの人々が美しい笑顔を求めて歯列矯正や顎の手術に耐えています。しかし、歯並びの悪さは昔からこれほど一般的だったのでしょうか。研究進む中で、そうではなかった可能性が浮上してきました。
歯列の乱れやずれといった不正咬合は、私たちの祖先である狩猟採集民にも見受けられましたが、現代はより多くなっている印象です。では、何が変わったのでしょうか。
専門家は、可能性の一つに食生活を挙げました。
生の硬い食物から、軟らかく加工された食物へ変わったことで、咀嚼の頻度や負担が減った結果、顎(あご)が徐々に小さくなったと考えられます。しかしながら、答えはそんな単純な話ではないようです。
研究者たちは現在、進化と食事、現代のライフスタイルが、私たちの顔(と笑顔)をどのように変えたかを研究しています。
農耕はどのように人間の顔を変えたのか
古代人の頭蓋骨は、私たちのものとは著しく異なっていました。
まず、初期の狩猟採集民は、硬い肉、繊維質の野菜、種子、木の実をかむのに適した大きく強力な顎を持っていました。
しかし、約1万2000年前、状況が変化し始めました。世界中で人々が狩猟から農耕へ移行するにつれて、食生活も変わり、穀物などの農作物が食事に取り入れられるようになった。料理の発展とも言えますね。
これらの食品はより軟らかく、加工度が高く、そしゃくの必要性がはるかに下がりました。「当時、アイスクリームや食パンはありませんでしたが」と、米ワシントン大学の矯正歯科名誉教授スー・ヘリング氏は「自然のままの食物は、調理や加工された食品よりもおそらく少し(かみ応えが)あります」と話します。
軟らかいものを食べるようになったことで、顎にかかる機械的な負担が軽くなりました。世代を重ねるにつれて、私たちの下顎は徐々に小さくなり始めました。この傾向は化石記録からも確認できます。
この縮小は、少なくとも一部は適応的で、数千年に及ぶ進化の結果だと米ペンシルベニア大学歯学部の基礎応用科学助教マイラ・レアド氏は述べています。大きな下顎が必要ないのに余分に大きな骨を形成するのは、余計なエネルギーを使うことになります。
しかし、最近のいくつかの研究では、その仮説に疑問が投げ掛けられている。米スタンフォード大学のチームは2020年の研究で、顎の縮小は長期的な遺伝進化より、各世代内の変化によって引き起こされる可能性が高いと主張しました。
「人間の顎の変化、特にここ数世紀の変化は、進化によるものとしてはあまりに速すぎる」と研究チームは書いており、姿勢のようなほかのライフスタイル要因が顎の発達に影響を与えている可能性が高いと指摘したのです。
骨は、一生の中でも物理的なストレスに敏感に反応し、筋肉が付くあたりから強化されます。つまり、筋肉をあまり使わなければ骨が弱くなるとレアド氏は述べ、ハイラックスをはじめとする動物の頭蓋と顔面の発達に関する研究を引用しました。「液体食に切り替えると、筋肉をあまり使わなくなり、顔の形に変化が見られます」
それはまさに、人間が農耕を始めて起きたことだと研究者たちは考えています。「農耕を採用した集団では、そしゃく筋が著しく縮小しました」とレアド氏は話す。「農耕が始まったことで、摂食システムにかかる負担が軽減され、最終的に、口の中がはるかに狭くなったことを示唆しています」
単純な話ではない
小さくなった顎に同じ数の歯を収めようとしたら、スペースが足りず、歯が重なり合うことになります。
「歯が生えてくる様子は、ファスナーに例えることができます」と米ネバダ大学ラスベガス校の生物人類学助教ジュリー・ローレンス氏は説明します。「顎が前方に移動し、歯が生えてくるための空間をつくります」
歯が生えるための十分な空間がない場合、歯が埋まったままになったり、重なり合ったりする可能性があります。特に下顎が小さい場合、親知らずが生えてこないリスクが高くなります。下顎と歯の大きさの不一致が、産業革命以降、歯並びの悪い人が増えている一因だと示唆する研究もあります。
「空間の喪失が実際に不正咬合を引き起こしています」とレアド氏は言う。「不正咬合の発生率は(現代人の方が)はるかに高く、あらゆる層で広く見られます」
しかし、専門家たちは、それほど単純な話ではないと注意を促します。現代人では不正咬合が増えているように見えるが、初期人類の頭蓋骨にも歯の埋伏や密生が確認されています。
ローレンス氏によれば、化石記録は限られており、おそらくすべての人を代表しているわけではないとい言います。「良い歯は保存状態が良い傾向にあります」とローレンス氏は述べ、人類学的データは歯の欠損など、ほかの因子を考慮していないと付け加えています。
18世紀半ばから19世紀にかけて起きた産業革命以降の人類に、不正咬合が増えている「傾向が見られることは確か」ですが、歯並びの変化のすべてが食事に起因するわけではなさそうです。例えば、上または下の前歯が極端に前に出ている状態(いわゆる出っ歯)は、集団の遺伝的要因によるもので、産業化とは無関係です。
歯並びの悪さは、環境条件や発育異常など、ほかにも多くの要因によって引き起こされる。また、遺伝的に不正咬合になりやすい人たちもいる。
不正咬合の人が増えている(ように見える)のは、審美的な偏見も、小さいながら一因となっている可能性があるでしょう。現代社会は、美容上の問題に対してより敏感になっています。私たちは、昔の人たちに比べて、不正咬合に対する意識が高まっているのだと思います。研究が更に進んだら再度シェアしますね。
現段階で言えることは、歯並びが食生活からの生活因子、先祖から受け継いだ遺伝性の影響とが複雑に関係しているようです。
では、今日から始められることは明確ですね。
適度に歯ごたえのある食事をとることで顎を使いましょう!






